第二回目は、公立大学二期生の初代キャプテン、守備はセカンドの松田 哲大(まつだ てつひろ)さんにお話を頂きました。
Q.1.松田さんは初代キャプテンということですが、一番最初の部員集めはどのように
おこなったのですか?
→一番初めの勧誘は掲示板に張り紙をして、ヤリたい奴は名前を書け!というものでした。
半分くらいがマネージャーで困ってしまいましたが、経験者未経験者合わせて
ある程度人数だけは集まりました。
でも、辞めていく人も多いだろうという事で、俺と田沢(初代代表・田沢淳さん)で、
元野球部だったという人をかたっぱしから勧誘しまくりました。
−ちなみにそれは次の年もその次の年も、新入生に対しては続けました。
そんな感じで、結局メンバーがある程度固まったのは
2年後のリーグ戦に登録するあたりだったと思います。
Q2.当時の部員について印象に残っている人やエピソードはありますか?
→まず一番印象に残っているのは、ほぼ野球未経験だったヤツです。
すごく真面目で、たぶん家で素振りとかしていたと思います。
初めはレベル的にキツいかと思いましたが、卒業する頃には、他の部員と遜色がないどころか、
少なくとも、俺よりはいいバッターになっていました。
一人でも野球のおもしろさを新たに発見する人がいたということは、
青森公立大野球部を作った意味が少しはあったなと思います。
あと印象に残ったと言えるかはわかりませんが、初代部長(田澤淳さん、
現在は代表と呼んでいますが、当時は部長と呼んでいたようです。)が印象的です。
おそらく、彼がいなければ野球部は成立していなかったと思います。
登録手続きや運営などは全て完璧に彼がやってくれました。
俺は、練習や試合で気合いをいれたり励ましたり、そんなポジションでした。
わかりやすく言うとキャプテン清原、部長桑田、といった感じでしょうか、雰囲気は。
他にもたくさんいますが、チームとして見た時、わけのわからない強さがあったと思います。
先制されても逆転するムードがありましたし、実際逆転勝ちは多かったです。
それは、監督が無くみんな一丸でがんばるという事が繋がっているという気がします。
みんな二日酔いで、酒がぬける7回ぐらいから調子が出る、という説もありますが。
Q3.そんな当時の部員のみなさんとは今でも交流はありますか?
→当時の部員とは、結婚式で集まった時などは懐かしい話に花が咲きますが、その
前に、みんな少しオッサンになってしまっていて月日の流れを感じます。
それから、東京に居るヤツとは結構飲みに行ったりしますし、
誰かが仕事の関係で東京に来る事があればみんなで集まったりもします。
半年程前にも後輩が社員旅行で東京に来たのですがその時も飲みに行きました。
日常のつらい話も昔の仲間と話して笑えれば、少しは和らぐのかと思います。
いい仲間です。
あと、今年の春先のOB戦ですが、久々にみんなと野球をしたので懐かしくて
すごく楽しい思い出になりました。
OBチームの動きは完全にオッサンでしたが、機会を与えてくれ、
つきあってくれた現役のみなさんには大変感謝しています。ありがとうございました。
(こちらこそありがとうございました。現役一同)
Q4.これからの野球部に対する希望、メッセージなどありましたらお願いします。
→スタートが「野球を楽しもう」という感じだったので、野球と大学生活を楽しん
でください。楽しむためには、ある程度勝たないとつまらないとは思いますが、
「勝ち」にこだわりすぎずに「勝ち」を目指してがんばって下さい。東京から、
活躍を祈っています。
御協力頂きました松田さん、お忙しい中、本当にどうもありがとうございました!
今後も公立大野球部をよろしくお願いします!