青森公立大学硬式野球部の歩み
このページでは、OBの方々からお話を頂きまして公立大野球部の歴史を探っていきたいと思います。

1回目は、公立大学2期生の初代代表、キャッチャーの田澤 淳(たざわ じゅん)さんにお話を頂きました。田澤さんは弘前南高校野球部時代に県大会優勝、ベスト4という実績を持っています!!

Q1.野球部の創設は1995年だそうですが、その際のエピソードがあったらお願いしま
す。

→1994年入学当時は軟式野球部はありましたが、硬式野球部がありませんでし
た。やはり野球をするなら硬式がいいと考えていた時に、同期の松田哲大(岩手県
大会でベスト8入りした釜石南OB、のちに初代キャプテン)と意気投合。
野球経験者を集めて、大学のグラウンドで練習したのが一番最初の活動です。その時
は2期生が約10人集まったかな?

そして、翌95年春。3期生が入学してきたのですが、その時、私の後輩(弘前南
OB)がふたりと、前年に甲子園に出場した八戸高校OBも1人入学。人数のメド(初心
者〜経験者まで15人程度)もついたため、創部を決意しました。

でも、その時はまだ北東北大学野球リーグ加盟のことは頭になく、練習や練習試合を
主にやってました。
翌96年、春に初めて公式に部員を募集し、この年は10人程入部。部員も30人程
(マネージャーを入れると40人程)になり、リーグ加盟を決意しました。

でも、春は準備不足と言うことで間に合わず、秋のリーグ戦に照準を定めて具体的な
準備に入りました。

道具の購入からユニフォームの作成まで、全て自分たちでやったのですが、中でも力
が入ったのが、ユニフォーム作り。ロゴは美術センスのあったキャプテンの松田が担
当し、数種類作って多数決で決めました。

やっとのことでリーグ加盟が現実になり、96年8月デビューを果たしました。


Q2.大学に野球場はありませんが、当時はどこで練習していたのですか?またどんな
練習をしていましたか?


→当時の練習場所は、(多分今と変わっていないと思いますが、これも伝統?)山奥
の卸球場と大学の上の青年の家グラウンドです。あと、たまに蓬田村の球場まで行っ
てました。
練習は週2〜3回。(この頃からみんな練習嫌い)
内容は、各自アップして、バッティング、ノックとスタンダードな練習です。

Q3.野球部の運営において苦労したことはありますか?

→多分、当時は今よりはお金に余裕があったと思います。大学側のバックアップが
しっかりしていて、ボールがなくなったといえば補助してくれたし、バットがなく
なったと言えば買ってくれたし。そう言う意味での苦労はそんなになかったです。

その他では、やはり練習にこない部員がいたので、電話して無理矢理にでも呼んでい
ました。
あと気を使ったのは遠征先の宿の料金。なるべく安いところを・・・

Q4.一番の思い出は何ですか?

→やはり、デビューした96年秋のリーグ戦(2部)で優勝できなかったことです。

それなりの選手が集まっていて、優勝、即1部昇格を夢見ていたのですが、現実は甘
くなかった・・・
結局、最終的には8勝2敗で2位だったのですが、
その2敗がいずれもサヨナラ負け。

しかも、公立大は最終戦まで8勝1敗で首位。秋田大学に勝てば優勝という1戦。試
合は延長11回表に2点をあげ、2対0でその裏に・・・
抑えればもちろん優勝決定!のはずが、まさかの3失点で敗退。

盛岡大とともに、8勝2敗。
優勝決定戦へと進んだのですが・・・
夢は幻となって消えました。

Q5.最後に悲願の二部リーグ復帰を果たした現在の野球部に一言お願いします!

→とりあえず、2部復帰おめでとうございます!
次は、「悲願の1部昇格!」でお願いします。
(特に、鈴木、大平、テリー、頑張って!)


ご協力頂きました田澤さん、どうもありがとうございました。今後も公立大野球部をよろしくお願いいたします。